ごきげんすいっち

ごきげんすいっち

自分の“ごきげん”を大切にするシンプルな暮らし。

息子の誕生日に想うこと。

1月11日。

つい先日、三男の11回目の誕生日だった。誕生日の前夜「今日は早寝をして、明日は早起きするんだー!」と言っていた彼は、私が起きるとすでにリビングでごきげんな様子だった。なぜ早起きをするんだ?と前夜は疑問だったが、朝から機嫌のいい彼を見てなぞが解けた。きっと誕生日という特別な1日を少しでも長く味わいたかったのだろう。

 

年を重ねれば重ねるほど、誕生日というものにはどうも疎くなる。自分の誕生日がもはや特別な日ではなく、いつも通り家事をこなし、いつも通り仕事に行き、いつも通り過ごす。もはや、誰かに「誕生日おめでとう」と言われて初めて、「あぁ、今日は私の誕生日なのか」と実感する始末である。

 

子供の場合はどうも違う。誕生日はとにかく特別で、自分が生まれ変わったような、何かに変身したような、ポケモン風に言えば進化したような、おとぎ話の中の登場人物のような…実に壮大な想いを馳せてすごす素晴らしい1日なのだ。少なくとも、前夜から早寝をして、誕生日当日は早起きでごきげんなうちの三男はそんな調子だ。

 

ここは彼のファンタジーに乗っかるのが礼儀かなと解釈し、「お誕生日おめでとーーーーっ!」とギューッとハグをした。小学5年生、11歳になった息子は照れくさそうにしながらも、嬉しそうだった。まだまだ子供らしい様子にホッとする親バカである。

 

身体も大きくなり、5年生にもなると友達と過ごすことのほうが多くなる。ハグをしたのはいつぶりだろうか…?と記憶を遡ってみても、明確な記憶はない。そうか、こうやって親離れ子離れするのだなと肌で感じた瞬間でもあった。

 

20歳で妊娠、21歳で出産した当時の私は、マタニティブルーと産後うつを見事にこじらせていた。23歳の離婚前後はひきこもりの時期もあった。(もう10年近くも前のことだということに、今まさに書きながら気付き、時の流れの早さに驚いている。)そんなこじらせ母さんのもとで息子がすくすくと育ってくれたのは、身内を含め助けて下さった・気にかけて下さった全ての人々のサポートあってのことである。感謝しかない。

 

3年半前に再婚をし、彼には優しいお兄ちゃんが2人もできた。いつも見守ってくれている主人もいる。引越しや転校もあったので心配した時期もあったのだが、今の彼の様子を見る限り、これで良かったのだと…いや、これが良かったのだと確信している自分がいる。

 

そんな彼は、今日も進研ゼミに取り組んでは、シールを嬉しそうに貼っている。

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上から順番に取り組むものらしいが、好きなページから取り組むのが彼のやり方らしいので、そっと見守る。そういえば赤ちゃんの時は、しまじろうが友達だったな。